塾長メッセージ

高校生の指導の難しさ~東進のシステムを選ぶ

当塾では1983年の開講以来、高校生の補習・受験指導をおこなってきました。 学校の補習といっても講師の都合で英数2科目に限定されてしまいがちです。また高校は、中学と違って、学校ごとにカリキュラムも違えば教科書も違う、進度も違えば、同じ学校でもコースによって違う、文系と理系でも違う、目標レベルが大きく異なるなど「違い」があまりにも多く、個別指導以外の授業がなかなか組みづらいのが現実です。

入塾する時期や、受講する時間帯、受講するレベルや回数など本人の希望によって受講できるシステムをさがしていた私にとって東進衛星予備校のシステムはそれらをすべて満たしてくれるものでした。研修を受けて早速加盟しました。 それが1995年のことです。

受験に対する予備校の力量はすごい

当然ですが生徒は質の高い講師の授業を受けたいという基本的な欲求があります。私も昔、現役で受験に失敗したあと、都内の予備校に通ったのですが、その授業のわかりやすさに、ある日むらむらと怒りが込み上げてきたのを今でも覚えています。それは通っていた高校の授業に対して、いったいあの授業は何だったのかという思いからわき起こったものでした。自分のやる気のなかったことを棚に上げて批判をしても仕方ないのですが、当時は本当に悔しく感じたのです。取り戻すことのできない時間を無為に過ごしてしまったかのような。もちろん高校は受験のためにだけあるのではないことはいうまでもありません。

このような授業を現役の時から受講できる都心の学生にはかなわないと一種あきらめも感じてしまい、情けない話ですが、受からない時の言い訳もできた次第です。しかしながら、現役のときにはかすりもしなかった大学にどうにか合格することができたのはやはり予備校の力だと思います。

塾を始めようと決心

田舎の学生でもきちんとした学習計画、受験に関する情報があれば大都市の生徒に対抗できるはずと考えた私は、学習塾を立ち上げようと決心しました。

そのために学習塾でアルバイトを始めることにしました。塾講師のバイトを想像されるかと思いますが、私は運営業務を担当しました。

その塾は都内浅草に教室を構え、主に学生だけで運営していました。皆、教えることには熱心で、それこそ徹夜してでも生徒につきあって、わかるまでやるという感じでした。熱血教師の金八先生がテレビで人気のころでした。

開塾

大学卒業後、一般企業に勤めながら開設資金を捻出し、私とアルバイト講師の筑波大生2名で塾を開講。近所の子が2名入塾してくれました。

東進はすごい

東進の授業を研修会ではじめて受けたときのことをよく覚えています。英語の授業を受講したのですが、受講後、テストを受けてくださいと言われて焦ってしまいました。英語の入試問題だったからです。私は英語が苦手なのです。ところがそんな私でもすらすら解けてしまいました。簡単だと思ったその試験が実は某有名大学の問題だったのを聞いて驚きました。さすが日本の一流講師の授業は違うと実感しました。もし、このような授業を順調にこなすことができれば、“難関大学といえども合格可能だ”、と生徒も思うだろうと確信できました。

日本で最高といわれる予備校講師の授業を地元にいながら受講できるメリットと、大半の生徒が自分の高校の後輩であるという親近感も手伝ってか毎年定員いっぱいの受講生がきてくれるようになりました。

将来のリーダーになる人材をつくる

昔、自分が高校生だった頃には想像もつかないようなレベルの大学にも合格者を輩出することもできたのもこのシステムを上手に利用した成果だと思っています。私事ですが、自分の子供たちにも受講させました。おかげさまで長女が地元、筑波大学の医学部医学科に、次女が東京大学文Ⅲにそれぞれ現役で合格できました。

わたくしが塾を開校した動機は、地元の生徒の学力を伸ばしたいというその一心からです。田舎の高校生であっても都会の生徒に負けることなく、自己の能力を十分伸ばし、目標とする大学に合格して、社会に貢献できる人材になってくれることを願っています。

微力ではありますが、高い志と学力を持った学生を育てていきたいと日々念じています。日本の将来を背負うリーダーをこの地から輩出させるべく指導に邁進しています。

塾長 豊島信一

お問い合わせは 0297-23-4091

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